2020.10.30 交通事故
【交通事故FAQ】高次脳機能障害の等級認定に納得できない
Q.高次脳機能障害の等級認定に納得できない
自転車で通勤していた息子が、横断歩道で右方から直進してきた車にはねられて意識不明になりました。その際脳挫傷と診断され、意識が回復した今でも「忘れっぽくなった」「ときどき言葉がスムーズに出てこない」等の高次脳機能障害の症状に悩まされています。
症状に関しては、労災では後遺障害等級9級と認定されましたが、自賠責保険ではより低い12級との認定です。息子の様子を間近で見ている私たち夫婦にとって、自賠責の等級認定には納得できるものではありません。
なぜこのような不当な認定になったのでしょうか。納得できる等級を獲得するために何かできることはないでしょうか。
A.書面情報の不足により残存症状が正確に伝わっていない可能性があります
自賠責保険も労災保険と同一の障害等級表を用いていますが、認定方法が異なります。
労災保険で等級認定を行う際は、主治医の診断書を参考にするだけでなく、必要に応じて調査員による面談や労災医員による診療が行われます。一方の自賠責保険では、書類のみで等級認定の審査が行われ、労災のように症状を直接確認することはありません。
今回の相談事例では、ご子息の主治医が作成した診断書に不足があり、自賠責保険の等級認定機関に対し実際の状況を伝えきれなかったものと考えられます。
対処法として考えられるのは、主治医に必要な検査や治療を実施してもらい、診療記録の不足を補った上での異議申立てです。しかし、肝心の「どんな医療行為を行えばいいのか」は、主治医が積極的に考えて実施してくれるわけではありません。まずはご子息の立場で受傷からの経過を検証し、主治医とのコミュニケーションを通じて追加で検査等を行ってもらう必要があります。
異議申立てに向けては、医学知識のある交通事故専門の弁護士に助言や手続き代行を任せるのがベストです。
高次脳機能障害の等級認定基準
高次脳機能障害の症状は様々です。「時々言葉が出にくい」といった軽度のものから、受傷状況によっては「深刻な記憶障害がある」「排泄に介助が必要」等の重度のものまで、等級認定の対象となる症例には幅があります。
個別のケースについては、具体的な症状や治療経過に基づいて、労働者災害補償保険(労災)の基準に当てはめながら審査されています。
-
【表】高次脳機能障害の等級認定基準
後遺障害等級 内容
別表第一 第1級1号
神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
別表第一 第2級1号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
別表第二 第3級3号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
別表第二 第5級2号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
別表第二 第7級4号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの
別表第二 第9級10号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
※『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』(日弁連交通事故センター東京支部編)より抜粋。
高次脳機能障害として認定されるための条件
等級認定の審査では、まず「そもそも認定の条件を満たしているか」から判断されています。認定条件には大別して2種類あり、どちらも満たしていると提出書類上で確認できたところで、どの等級に該当するのか判断が行われます。
条件1:交通事故との因果関係
高次脳機能障害の認定条件の1つは、交通事故との因果関係です。
例えば「時間が経つにつれ自覚症状が明確になり、MRI検査やCT検査から受傷と関係があると診断されている」という事実が重視されています。
また、こうした事実の判断は「将来において回復の見込みがない時点」(=症状固定)の時点で行われます。
「交通事故との因果関係」とは…
- 交通事故が原因となる傷害である
- 交通事故と自覚する症状に因果関係が認められる
- 自覚する症状の原因が医学的に証明・説明できる
条件2:高次脳機能障害と認められるか
- 高次脳機能障害の2つめの認定条件として、経過や症状が典型的であるかどうかが重視されています。具体的には、以下のような状況が後遺障害診断書から確認できるものです。
- 1.初診時に頭部外傷の診断があり、経過の診断書において、高次脳機能障害、脳挫傷(後遺症)、びまん性軸索損傷、びまん性脳損傷、MTBI、軽度外傷性脳損傷等の診断がなされている
- 2.初診時に頭部外傷の診断があり、反昏睡~昏睡で開眼・応答しない状態が少なくとも6時間以上、もしくは、健忘症あるいは軽度意識障害が少なくとも1週間以上続いたことが確認できる
- 3.経過の診断書で、初診時の頭部画像所見(※MRI検査やCT検査によるもの)として頭蓋内病変が記述されている
- 4.経過の診断書で、具体的な症状(認知・行動・情緒障害)を示唆する具体的な症状、あるいは失調性歩行など高次機能障害に伴いやすい神経系統の障害が認められる
- 5.その他、脳外傷による高次脳機能障害が疑われる症例
※上記の基準は、2018年5月の『自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実にて(報告書)』に記載の最新のものです。
高次脳機能障害の等級認定で難しいポイント
肝心の「どんな症例がどの等級に認定されるのか」は一概に言えません。
認定基準等の詳細は明らかにされていないからです。傾向として、以下のような要素が獲得できる等級に影響すると言われていますが、個別具体的には類似のケースを複数確認して分析する必要があります。
獲得できる等級に影響がある要素…
- 症状の程度
- 初診時の意識障害の程度・時間
- 画像所見(MRIやCT検査に基づく医師の見立て)の有無
- 家族や介護者から見た本人の様子
異議申立てで必要なこと
自賠責保険における高次脳機能障害は、症例の専門家で構成された審査会が等級認定にあたりますが、その審査対象は主治医作成の「後遺障害診断書」を含む提出書類のみです。
こうした手法を背景に、等級認定の決め手になる情報が診断書から抜け落ちていることが理由で「低い等級しか獲得できなかった」という失敗例が多発しています。
等級認定に不服があるときは、再度書類を提出して審査を実施してもらう「異議申立て」が可能ですが、この際は当初の申請書類に不足分の情報を補う必要があります。そのためには、審査会が診断基準として用いている医療行為(神経学的検査や画像検査など)を主治医に実施してもらわなければなりません。
なお、主治医から積極的に治療・検査を提案してもらえることはありません。主治医はあくまでも「患者との合意に基づく最良のケア」を決めるのが職務で、等級認定の審査機関とは別の診療方針をとっているからです。
したがって、異議申立てでは「治療や検査について被害者側から主治医へ積極的に提案すること」が成功の要になります。
まとめ
高次脳機能障害の等級認定では、主治医の診断書等の提出書類だけで審査を行います。 低い等級しか獲得できなかった場合は「審査機関が決め手とする情報」が書類から漏れていたと考えるべきです。異議申立ての際は、被害者主導で必要な検査等を実施してもらい、カルテの情報を充実させなければなりません。
具体的に「どんな症例にどの等級が妥当なのか」「等級認定においてどんな医療記録が重視されているのか」を把握するには、医学知識や類似事例の比較検討が必要です。こうした点に関しては、交通事故について日々研究している弁護士が得意としています。